哲学ドラマワークショップ「愛すること 愛されること—恋愛の当事者研究—」

10月13日(月・祝)、P4Eワークショップ「愛すること 愛されること――「恋愛」の当事者研究」が東京大学駒場キャンパス(21KOMCEE)にて開催された。ワークショップは第1部「哲学ドラマワークショップ」と第2部「フォーラムダイアローグ」から構成され、UTCPのL2プロジェクト「共生のための障害の哲学」とL3プロジェクト「Philosophy for Everyone」の合同企画として行われた。当日は台風19号の影響も憂慮されたが、いずれも盛況であった。

第1部「哲学ドラマワークショップ」は、松山(福士)侑生氏(つくば国際大学)によってコーディネートされ、大谷賢治郎氏(国際児童青少年演劇協会理事)、土井真波氏(劇団銅鑼)による演劇も交えつつ行われた。

第1部の舞台は恋愛研究所。恋愛研究所の最新鋭装置(21KOMCEE101号室)のなかに研究員として入った参加者が、この最新鋭装置をあたためるためにからだを動かすことから始まった。この恋愛研究所の研究員でもあるという大谷氏の呼びかけにあわせて研究員たちは歩く。はじめはゆっくりと呼吸を整えながら歩けるようなスピードで装置内を縦横無尽に歩いた。その後、大谷氏の指示と合図にあわせて研究員たちは後ろ向きに歩いたり、横向きに歩いたり…と、とにかく装置内を歩き回った。

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研究員が日頃の運動不足を実感した頃には装置(と研究員)も充分にあたたまり、恋愛研究所に届けられた或る物語のなかに入り込むこととなる。その物語はアンデルセン童話の人魚姫の物語として知られるものである。

海の上の世界に興味と憧れをもった人魚の女の子、マルドロール(演じ手: 土井氏)。或る日、船が難破してしまい、マルドロールのいる海のなかへと放り出された船長(演じ手: 大谷氏)は瀕死の状態だったところをマルドロールに助け出される。マルドロールはこの船長に恋をしてしまった。何とかして船長に再び会いたいと願うマルドロールは、海の魔女(演じ手: 大谷氏)のところへ人間になる薬(2本の足)をつくってくれるように頼む。魔女が言うことには「人魚の寿命は300年だが、人間はそれほど生きられない。もし船長が他の娘と結婚した場合にはお前は泡になってしまい、記憶も何も残すことが無い。それでも薬が欲しければつくろう。」――「はい。」と答えるマルドロール。「しかし、タダでは薬はつくれない。お前の美しい声を私にくれたら、薬をつくってやろう。」と続ける魔女。困惑するマルドロール。「船長には会いたいけれど、声をやったら船長と話ができなくなってしまう…」

――と、ここで主任研究員の松山氏が研究員たちに呼びかける。「マルドロールに何かアドヴァイスをしてあげましょう。」と。研究員たちはそれぞれの専門(例えば「先送り専門家」「しゃべりすぎる専門家」など)を活かしてアドヴァイスを試みる。先送り専門家からは「今は決められないので…」と先送りすることをアドヴァイスされるが、魔女は「今じゃなければつくらない。」と切り返す。他にもアドヴァイスをもとに試みるがうまくいかず、結局、マルドロールは声を代償に薬をもらうことにする。人間の足を得たマルドロールは海の上の世界へと向かう。

マルドロールは浜辺に打ち上げられ、船長の家で一緒に暮らすようになる。惹かれ合う2人だったが、船長はマルドロールがかつて自分の生命を救った人魚であることがわからない。月日は流れ、船長に縁談が持ち込まれる。明日には許嫁のマリーと結婚せねばならぬとマルドロールに伝えにくる船長。悲しげに海を見つめるマルドロール。――と、そこへマルドロールの姉から短剣が届く。なんとこの短剣で船長の心臓を突き刺し、その血を足にかければ人魚に戻れるというのだ。マルドロールは人魚に戻るべきか、それともこのまま泡になるのを待つのか悩む。「愛されることには失敗したけれど、愛することはできるかもしれない。」――彼女は本当に船長のことを愛していたのだった。

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以上のような人魚姫の物語を踏まえつつ、その後もワークショップがなされた。全体が6つのグループに分けられ、それぞれのグループに恋愛にちなんだ場面設定が書かれた紙が配られた。お題はそれぞれ異なっており、その場面をグループごとに演じることで観客にどのような場面かを当てさせようというのだ。「高所恐怖症なのにデートで東京スカイツリーに来てしまった」などなかなか面白い場面設定で各グループともNGワードを出さないように気をつけて演じた。

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その後になされたのは恋愛菌の解析作業だった。恋愛研究所の研究成果によれば、恋愛菌が作用して恋愛が進行するという。お題は「マルドロールが泡になることを選ぶのに作用した恋愛菌は何かを突き止め、菌とマルドロールの対話を再現しよう」というものである。これもグループごとに再現劇の形で発表された。「一途菌」「悲劇のヒロイン菌」など各グループとも面白い恋愛菌を発見し、見事に再現劇を上演していた。

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総じて、からだをフルに使った恋愛の当事者研究だった。

(第1部報告:安部高太朗)
会場を移して行われた第2部「フォーラムダイアローグ」では、時間を細かく区切りながらいくつかの種類の対話が試みられた。

まず、第2部からの参加者が多かったこともあり、全体が5人ずつのグループに分けられ、各人が自己紹介や(接近しつつあった)台風に関する雑感を述べた上で、1部からの参加者が2部からの参加者に1部の内容を説明するという時間が持たれた。松山氏によれば、情報共有を通して場を暖めることも目的の一つであった。

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その上で、7名の登壇者による対話が開始されたが、まず、L2プロジェクト・コーディネーターの石原孝二先生からは、合同企画の開催が「哲学対話」と「当事者研究」双方にとって意義深いものであったことが強調された上で、それと同時に、両者の間の「近さ」と「遠さ」を見極める必要がある、との指摘もなされた。

例えば、水谷みつる氏(こまば当事者研究会)や向谷地生良氏(北海道医療大学)からも指摘があったように、自らの障害を語る当事者研究が不可避的に「痛み」――障害という痛み、障害を語るという痛み――を伴うものであり、それゆえにこそ逆説的に、ある特異な「ユーモア」を生み出すものだとすれば、演劇を介しての哲学対話にどこまでそうした痛みや切実さを担保することが可能であろうか。

あるいは、本ワークショップでは、「演劇」を介しての哲学対話が試みられたが、単純に、演ずることが好きな人と嫌いな人がいて、それによってもワークショップに入り込めたか否か、探求が深まったか否かが全然変わってしまうのではないか、という指摘もなされた。

それを受け、第1部を企画された大谷氏・松山氏からは、本ワークショップでは非常に多くの「実験」が試みられ――例えば、「disabilityをabilityとして活かす試み」「しばりの中で他者との関係性を構築する試み」「自分の中の自分(≒メフィストフェレス)と対話する試み」等――、本来ならば到底半日では消化しきれないほどのものであったことが説明されると同時に「もう少し時間があれば…」との声も聞かれた。

こうしたやり取りも踏まえ、L3プロジェクト・コーディネーターの梶谷真司先生からは、哲学対話においては必ずしもすべての人が探求を深めることが出来なくてもいいのではないかと応答がなされた。例えば、過去の事例では、会場ではほとんど話さなかった人が後日長文の感想を送ってくるということもあったし、「親しい人だからこそ話せること」と「親しくない人だからこそ話せること」があり、人によって、あるいは状況によって、探求を深めることが出来るか否かは容易に変わりうるものである。各人がそれぞれの仕方で持ち帰ればいい。梶谷先生からは、必ずしも対象が限定されない「P4E(哲学をすべての人に)」スタイルのひとつの特徴が説明された。

他方、教育機関や企業等の現場に演劇を導入する試みに関わる花崎攝氏(企業組合演劇デザインギルド)からは、「フォーラムシアター」の実践等にも言及しつつ、「問題解決の方法としての演劇」に関しコメントがなされた。報告者の見解では、現場における演劇的要素の導入とその方法論の確立という問題は双方のプロジェクトが共に――しかしながらそれぞれの仕方で――抱えている問題であり、こうした対話は今後も継続される必要があるのではないかと感じた。

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登壇者による対話の後、数分の休憩を挟み、最後は参加者を含む全体での哲学対話が行われた。ワークショップを通して生まれた比較的抽象的な二つの問い――「なぜひとは人生の主役でなくなるのか」「日常生活において、どうすれば障害を開示することができるのか」――を巡って自由な対話がなされたが、「私」と他者の関係、障害を持つ子供との共生や介護の問題、判断する権利を他者に奪われてしまう経験、統合失調症患者の判断能力の欠如の問題…等々、短時間ながら様々な問題が提起され、活発な議論が展開された。

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定員が設けられていた第1部とは異なり、第2部には大学内外から沢山の聴衆が集まった。企画者である松山氏をはじめ、ご登壇いただいた方々に改めて心よりお礼を申し上げたい。

(第2部報告:栗脇永翔)
出演者・登壇者の方々のほかにも、本ワークショップの実現にあたり、多くの方にご尽力いただきました。深く感謝申し上げます。とりわけ、ポスター写真は、荻野亮一氏が奈良の障害者施設でのワークショップ時に撮影されたものを使わせていただきました。貴重な写真をご提供頂き、誠にありがとうございました。

 

※転載元 http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2014/10/post-726/